#007 芸術について―ブラックハイツ

by Motandhel

 僕は泳ぎが大の苦手だ。泳げないわけではないが、足が付かないほどの場所をしばらく泳いでいると頭が混乱してくる。理論は理解できても、感覚が追いつかないのだ。船乗りの父からは良いところを受け継ぐことが出来なかったらしい。しかし反対に僕は画家の母の影響を強く受けたようだ。昔から絵を描くのは得意だし趣味としても好きだった。

 先日アズルと南エルスウェアのブラックハイツに行った。この村のことはハートから聞いたことがあって、彼によると静かで明るく美しい村だという評価だった。しかし「村の前を通りがかっただけ」と添えられたとおり、彼は村の中までは見ていなかったのだろう。ここにあるものを全部見て回れば、「美しい村」という漠然とした表現にはならなかったはずだ。

 あまり住民とは話をしなかったので、ブラックハイツがどんな由来を持つ場所なのかはわかっていない。しかし村に住む人々はほとんどが芸術家で、そしてとても良い生活をしているようだった。アズルは村というよりは保養地のようだと言った。確かにその通りだった。

 村をリゾート地のように見せているのは、岩肌に染料で描かれた鮮やかな模様や、村の真ん中に設えられた美しい噴水、そして開放的なテラスを持つ家々だ。しかしその外観だけでなくそこでの生活の豪奢さを何よりも物語っているのが、室内で使われている調度品の品々だ。繊細でありながら頑丈で実用的な美しい敷物、見事な木彫り細工の施された収納箱や間仕切り、そして細かな模様と鮮やかな彩色で飾られた宝石のような食器たち。すべてが美しく、芸術品のようでありながら、しかしきちんと生活に溶けこんでいる。エルスウェアの文化は芸術と生活が密接に関わり合い、(自虐に聞こえるかもしれないが)アルトマーの文化にはない実直さが感じられる。

 村にはアトリエと思われる建物がいくつもあった。パレットや染料の壷、真っ白なカンバス。物欲を刺激する小物が開放的な小屋に雑然と並ぶ様子に、僕は言葉をなくすほどの衝撃を覚えていた。思わずあちこちを巡ってしまい、アズルが退屈していないか心配になったが、彼もまた同じように村の調度品に見入っていた。僕たちはあれも欲しいこれも欲しいとお互いの願望を述べながらゆっくり村を見て回った。村はとても静かで、日々の喧騒を忘れる穏やかさだった。

 泳ぎは苦手だが、それでも船乗りの血が流れているためか、僕は水辺の風景が好きだ。この日も僕は水辺に座り、釣りをするアズルの姿を眺めた。アトリエからカンバスを運んで彼の姿を描きたいくらいだと思ったが、その前にちょっとした好奇心が原因で恩赦状を使うことになってしまっていたので、諦めた。いつか必ず彼の絵を描きたい。